CHIZU BLOG

お正月あれこれ

年末30日から弟と甥っ子 諒君(春から社会人になって大阪へ行ってしまいます)も一緒に実家で過ごした びまま家
あんなに退院したら 退院したらと言っていたのに いざ退院してみると ドップリお疲れモードの父・・・。
30日の朝から降り出した雨と強風で 墓参りも買い出しも母と私とごぉちゃんで済ませ
それでも 「絶対 魚市には行く」と きっと気力それだけだったと思います
魚が好きな弟、ごぉちゃん そして何より孫の諒君に食べさせたい一心で 一緒に行くという母に「ちぃちゃんと ごぉちゃんと行く」(母が一緒だと値段でビックリするからねプププ)3人で雪に変わった中 魚市へ。
そこは父が毎週行ってた場所 そこで魚を買っては我が家の玄関に置いて帰ってくれていました
声をかけることもなく ただ黙って魚を置いて行ってくれていた父に 時に
「こんなん いっぱい食べんやん 2人しかおらんのに」と毒づいた事もある親不孝もんです(T-T)
久しぶりに父の姿を見た魚市の人たちは 闘病していたことも知っていて
「よぉ来た よぉ来た」と椅子を出しては父の話に耳を貸してくれました
父は クエ(こちらではアラとも言う とっても高いお祝いのときに食べるお魚)を1本とカニにサザエと満足そうに決めて すぐに車の中で待ってるからと座り込んでしまっていました
やっぱり しんどいんだね クエをさばいてもらって
刺身やカルパッチョ アラ炊きにして綺麗に食べましたよぉ コリコリシコシコで美味しかったです

元旦の朝は見事に雪景色で 朝からビースニフニアイと裏の公園で雪遊び
そして 家族みんなで父を囲んで お屠蘇を飲みましたが 父は寝室から出れずベットの上でした
「いっぱい看病してくれたから」と 私にもお年玉をくれて(弟にはなかったプププ)
みんなに父から言葉がありました

「今年 きっと厳しいことになると思う(体が) もしもの時は お母さんをみんなで面倒見ること それだけをお願いする」

母も 私も ごぉちゃんも 弟も 諒君も 「そんなことないよぉ まだまだ大丈夫」とは・・・言えませんでした みんな覚悟をもって そして父が安心出来るように
「任せとって お母さんのことは 心配せんでいいからね」 そう言いました

結局父は チゲ鍋もスッポンも御節料理もベッドの上でした
ほとんど みんながいるリビングに出てこず 体調が悪いわけではないけど部屋から あまり出たがりませんでした

私が思うには
実家はバリアフリーではないので もし お腹いっぱい食べて具合が悪くなったらみんなに迷惑をかけるんではないかとか お風呂に入れてもらうのも大変じゃないんだろうかと すごく気を使っていたんだと思います

2日に帰る予定だった弟は まだ通行止めが解除にならず3日午前中に帰って行きました
諒君は1人 博多ショッピングに電車で出掛け そのまま新幹線で帰りました

そして父も昨日 病院へと戻りました

新しいこの1年
我が家にとっては 2月の父の誕生日まで・・・3月の菜の花が満開になるまで・・・4月 父が植えた しだれ桜が咲くまで・・・ 6月ビートの15歳の誕生日まで・・・そんな風に
1歩ずつ時間の流れを繋げてゆく1年になりそうです

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by 4wanbesufuai | 2011-01-06 13:21 | つぶやき