CHIZU BLOG

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心の旅⑧ ビート

父を病院から連れて帰って自宅に着いた頃には もう午前3時近くになっていました
座敷に父を寝かせ ビートに会わせてあげると それからビートは朝まで泣き続けて5時頃になって泣き疲れたように眠ってしまいました
26日納棺の儀式が終わって いよいよ父を葬儀の会場へと連れて行くとき
棺を自宅から出し 車に乗せると またビートは今度は泣くというより
遠吠えに似た長い声で それは「行くな 行くな」と言っているようでした
みんなで ビートに「お父さんも頑張ったからビートも頑張るんだよ」と声をかけ自宅を後にしました
葬儀では いろんな方が弔辞の言葉の中に 父とビートの話をして下さいました
散歩の時にいつも愛用していたジャンバーと帽子も祭壇には飾られました

葬儀が終わって火葬に向かう途中に自宅の前を通ってもらい ビートと最後のお別れを・・・と思ったのですが 車を止めて ビートと何度呼んでも ビートはこちらに尻尾を向けて
頑としてこちらを向きませんでした
早く逝った父に怒っていたのかな それても泣いてるとこ見られたくなかったのかな

この2.3年の闘病中でも父は毎朝毎夕 ビートの散歩をしていました
それさえ出来なくなった ここ数ヶ月
父もビートもいっぱいの寂しさがあったと思います
その気持ちを グッと受け止めている父もビートも男前だと思います

葬儀を終えた次の日(28日) 父と毎日散歩していた裏の公園へビートとごぉちゃんと行きました

その時 ちょっと離れた私に一生懸命走ってきたビートの姿 見てあげてください
(写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます)
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今年15歳になるビート 「僕はまだまだ大丈夫 心配すんなよ親父」とでも言っているのかな
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これからも ビートと父が見れなかった菜の花や桜を見ていきたいと思います
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by 4wanbesufuai | 2011-01-31 11:03 | 心の旅

心の旅⑦ 初七日を終えて

c0017311_20332264.gif 父が旅立った日も 初七日の今日も雪が降る寒い1日となりました
お通夜・お葬式そして今日の初七日まで あれよあれよと時間が過ぎて
まだ父が病院にいるような気がしてしまいます

父は 人懐っこい人で 人を愛し愛された人でした
なのでお通夜にもお葬式には 父の仕事関係の人はもちろん
近所の子供たちが ビート爺ちゃんへとお手紙や折り紙を持って参列してくれたり 私の学生時代の友人達 また お年寄りにも好かれた人だったので 年齢層も幅広い人たちが送って下さいました

25日午前を過ぎての旅立ちだったので26日を通夜にし
丸1日ほど自宅で過ごしたのですが 納棺師の方が見えられ みんなで
父をお風呂に入れたり 体を拭いたり 化粧をしたり まるで 映画の「おくりびと」でした

そういう1つ1つが 心の準備を手助けしてくれたように思います

父の葬儀に参列してくださった皆さま・お花を届けて下さった皆さま
blogやメールにコメントを下さった皆さま そして心の中で 
いつも祈って下さっていた皆さまに 感謝の気持ちでいっぱいです

またblogへのコメントの返信が出来ておりませんこと 申し訳ありません
コメントは全て読ませていただいています
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by 4wanbesufuai | 2011-01-30 20:50 | 心の旅

心の旅⑥ 旅立ち

25日午前12時29分 弟夫婦と孫が帰ってくるのを一生懸命待って
家族・友人に見守られて旅立ちました
あまりにも突然の急変にまだ夢のようですが 最期まで痛みもなく苦痛に顔が歪むことなく
穏やかな最期でした
帰りたかった自宅で今日1日過ごし 明日通夜 明後日葬式にしました

午前中 母と交代して私と2人きりになって 「コーラ飲みたい」と言うので炭酸だから吐くかなぁと心配だったけど 2口ほど飲んで そのあと トイレしたいと言って 初めて 父の下の世話をしました
私に最後にさせてくれたんだなぁと思います 
お昼過ぎてからは薬の副作用で 懇々と眠っていました
そして母が叔母を送って また私と2人になったとき 血圧が一気に下がって呼吸が怪しくなり
急いで弟に帰って来るように連絡したけど 山口の岩国から どう頑張っても11時頃になると言うので 看護士さんも泣きながら 「11時まで頑張るように」と治療してくださいました
途中 携帯で弟や孫の声を聞かせながら 本当によく頑張りました

ずっと祈って応援してくださった皆さまへ

    ありがとうございました

しっかり見送ってきます
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by 4wanbesufuai | 2011-01-25 07:12 | 心の旅

心の旅⑤ 私が産まれた日

今日は私の誕生日 私は兵庫県高砂市で産まれました
父は神戸にある神戸製鋼に就職して生活が落ち着いてから母を兵庫によび 高砂市の商店街(アーケード)の化粧品店の2階に住んでいました
母がその化粧品店の店番をすることが借りる時の条件だったみたいです
私が5歳になるまで ここに暮らしていたのですが 父も母も この商店街暮らしが それはそれは楽しかったみたいです とにかく その当時は貧乏だったようですが 商店街の人みんなが父と母を応援してくれていたようで 私が産まれた時は 魚屋さんが鯛を 布団屋さんが布団一式を・・・という具合に あっちからこっちから育児用品が集まり 産まれてからも共働きの両親に変わって
私は いろんなお店の人の家で お風呂に入れてもらったり ご飯を食べさせてもらったようです
弟が産まれてからは 商店街を我が物顔で歩き回り 駄菓子屋さんでもタダ食いし おもちゃ屋さんでもタダ遊びしてたのは 記憶があります(^^;)
祖父の具合が悪くなったのを機に九州に帰ったのですが
私が6歳になったとき 弟と初めての2人旅に出た行先は この商店街でした
その時も駄菓子屋さんに泊まったって甲子園へ行った写真があります

私が産まれた日 暦の上では大寒で その日もすごい雪が降ったそうです
初めての出産だったので 母の実家からも おばぁちゃんが駆け付けてくれていたそうですが
父は1ヶ月を過ぎても 仕事に行かず ただただ 私の傍にいて ジィィィと顔を見ていたそうで
このままでは会社をクビになる(その当時男性の育児休暇もなかったからね)と ばあちゃんから怒られ やっと仕事に行ったのだそうです
それから 父本人も周りも そして私も私の友達も認める【娘大好き】が始まるのです

私 父に本当に愛されて育ちました 社会人になってからも父はいつも「ここぞ」って時に
盾となって 何も言わずドッシリとして私のピンチを受け止めてくれました

病院のベッドで痩せて私より小さくなった父に 「今日 誕生日♪」と言ったら
「ケーキを買ってあげんといかんな お母さん」って・・・。

きっと父には私は 幾つになっても 苺ケーキの子供なんだろうな

お父さん   私のお父さんになってくれてありがとう お父さんの子供に産まれて私は大正解だよ

本当に本当にそう思う・・・今年の誕生日です

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by 4wanbesufuai | 2011-01-20 16:13 | 心の旅

心の旅④ 個室へ

日曜日 ごぉちゃんと一緒に父の顔を見に行くと しょんぼりな父・・・
昨夜 自分では全く記憶がないのだけど 夜中 トコトコ歩いて行って自分の病室がわからなくなったみたいで 違う部屋に座っていたそうです
父と同室の方が 「トイレにしては長いな」と気にかけて下さって 父を捜してくれて見つけて下さったそうです(この方も抗がん剤治療中だけど肝臓の数値が悪くて 治療お休み中)
朝 看護士さんに聞かされるまで 父は全然知らなかったみたいです

「頭が変になったか」と すごく気落ちしている父
寝ぼけてのことなんだけど 薬の副作用でテンションが高くなっていたのかもしれないと後から看護士さんに聞きました

食欲が落ちて 最近は1日1日衰弱しているように思えます
嘔吐の症状も出始めました 朝夕のおかゆもあまり食べれなくなり口数も少なくなりました
痛みはないようですが とにかく体がだるく 気力がない感じです

とても周りに気を使う父 嘔吐したりするのを同室の人に悪いなぁと思って
昨日 自分から 個室を希望して お部屋移動していました

元々は 人と話すのが大好きな父なので 個室は寂しくないか 病気とだけ向き合って気が滅入るのではないかと心配

自分でも この体調の悪さに不安を感じているだろうと思う
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by 4wanbesufuai | 2011-01-18 09:10 | 心の旅

ノルディックワンコTシャツを着て

c0017311_14324028.jpg すんごい寒い朝です 小雪が舞ってて風が強くて・・・だけど 毎日 病院通いの日々で庭で遊ぶくらいしか相手をしてあげてなかったスニフニアイちゃんだったので 「寒いからそこ誰もいない公園へ」行って来ました♪ 思った通り 陸上部の練習で走ってる高校生以外 誰もいない~
自由にさせていただきました(^-^)

全くモデル犬になる気0のフニアイですが着ているのは 先日レッグウォーマーを作った布とお揃いの ノルディックニットで作ったTシャツです
黒いコートのワンコにでも 黒系って意外とカッコ可愛く着こなせるんですよ♪






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フニタン 眉毛も白くなってきて 3ワン婆ちゃんトリオです
放してあげても ちょっとだけ フニがスニを狩るくらいで(^^;) もう あんまり馬鹿走りとかしなくなったなぁ~ 
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30分ほどグルグルして あまりの寒さに退散・・・
少しは気分転換になってくれたかな
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by 4wanbesufuai | 2011-01-16 14:45 | ビースニフニアイ

心の旅③ 先生パワー

余命宣告を受けてから 苦痛や痛みが伴ってから会いたい人に会わせても 今しっかりしているうちに会ってもらった方がいいのかななどと思ってはみても
次から次から 一気に父の兄弟姉妹が来たりしたら 父が絶対勘付いてしまうだろうし・・・
なかなか難しいものです

父の様子ですが 溜まっていた水を利尿剤を使って出したことによって むくみが解消され
本人は楽になったのか 顔色もよく そんな余命1ヶ月には 全く見えません
痛みもないので 早く抗がん剤治療を再開出来るかと 戦う気力満々

今日は医大の時からの担当医が週1で外来に来られる日なので 父を見舞う前に母と2人
再度 見解を聞きました
やはり抗がん剤治療は無理だということ だけど父の気力があるうちは 「希望の嘘」付いて
体に害のない薬を 抗がん剤だと偽って処方することにした
状態は安定しているのだけれど 一番の危険は腸閉塞だそうです そうなると食べ物が口からは摂れなくなるので鼻から管を入れることになる そうしないでいいように願うばかりです

今の病院の先生も 医大の先生も とにかく話をとてもよく聞いて下さる
そしてなにより父が1番先生を信頼している

外来の診察が終わって医大の先生も必ず帰る前に父の病室を訪ねてくださる
今日も 「お水が出てしまってスッキリなって元気で安心したよぉ いつも顔見に来て元気なかったら どうやって励まそうかって思うんよぉ でも今日は元気だね」

父はすぐ 「抗がん剤いつから始められる?」「ずっと休んどったら ガンが広がらないか心配」
と質問していたけど
先生は明るく大きな声で 「お水が出てやっと体が準備に入ったとこだから これをキープして
体に合うものを考えておきます」と言って下さった

信頼している先生から言ってもらえるだけで 父は とっても安心したようでした

「希望の嘘」
先生は私たち家族を気遣ってくれたけど その嘘が本当に父に元気をくれると思う
そしてミラクルな時間をくれると信じてる

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by 4wanbesufuai | 2011-01-12 15:46 | 心の旅

心の旅② 余命宣告

5日再入院した際に1ヶ月ぶりのCT・血液などの1通りの検査をしました
7日先生に呼び出されて 母と検査の結果を聞きに行きました
そこで下された診察結果は
「余命1ヶ月」という信じられない言葉でした
私は検査結果を聞く前に 父の病室に行ったのですが 顔色もよく「ラジオ欲しい」だの「ヘッドホンもいる」だの そして「なんか抗がん剤治療が1週間伸びた」というので
「体力戻ってから ゆっくり始めたらいいね」と話したばかりでした
12月最初 副作用が強くて かなり衰弱した父は1ヶ月抗がん剤治療をやめました
副作用から解放され 食欲も出て年末退院した時は10㌔も体重が増えたほどです
ですが その休んだ時間に ガンは爆発的に大きくまた他の箇所にも転移が見られ
胸やお腹には 水が溜まっていました
先生から 「お正月 自宅でも相当きつかったはずです」と言われ寝室からリビングにさえ出てこなかった様子が浮かび 出てこなかったのではなく 出てこれなかったんだと思い知らされました
なのに 父は頑張って頑張って 私と雪降る中 魚市へ行ったんだね
もう会計も終わったのに 私がジィィィッと蟹見つめてたら 「買え買え♪」って車の中から財布投げてくれたね
トロ箱いっぱいの塩イワシを買い込んで どうするのかと思ったら 
お父さんのGF 2歳のまーちゃんに届けるためだったね 私がAKIRAを可愛がるように 父にも近所に住む まーちゃんという存在がいます
父のことを ビート爺ちゃんと呼んでは毎日のように遊んでいます
元気な時は父も毎日 まーちゃんちに行っていたので そこの家族のように良くしてもらっています

もう治療は出来ません  体力がもたないのです
ですが 父は治療をする気で入院しています 希望を持っています 頑張ろうという気持ちがあります
その気持ちがあるうちは 告知をせず 日々を前向きに過ごさせてあげたいと思っています
様態が変化してくれば 自分でも思うことろが出て来ると思います
その時に 家族揃って父と一緒にもう1度先生の話を聞くことにしようと思います

これからは しばらく本当のことを隠しての看護になります

余命と言われて 命に時間をカウントしていく日々ではなく
1日1日を気持ちよく過ごせるように やっていきたい・・・いけるかな・・・

結果を聞いて病院を出ると なんだか夢のようで遠い昔のようで ワァァと泣きたいけど泣けない
泣いたら本当になってしまいそうで・・・。
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by 4wanbesufuai | 2011-01-08 10:00 | 心の旅

心の旅① 最初に

最初に 闘病中の方また闘病経験のある方 その家族の方 同じ病であっても100人いれば100のそれぞれの闘病があると思います
これから綴る 私の心の旅が 読まれた方を辛く苦しい思いにしてしまうかもしれません
「こういう治療もあるよ」「私はこうしたよ」「そこまで家族の闘病を書かなくても」いろんな意見があるかと思います
私はHPの時代から始めた日記の当初から 我が家に起こったいろんな出来事を 楽しいことも嬉しいことも 辛かったこと 悔しかったこと ままに書いてきました
それは 誰かにあてたものと言うよりは その出来事を自分が受け入れる手段の1つとしてという要素が大きいです
書くということは その出来事と向き合って考え文章にします その作業が「受け入れる」「納得する」に私の場合は繋がります
そのことを 今回ほど感じていることはありません

昨日のことを振り返ることがなかなか出来ません
今朝 窓を開けると 久しぶりに太陽が燦々と降り注いでいて これから新しい1日が始まろうとしています
あまりに太陽がまぶしくて ジッとしてはいけない ここでうずくまってはいけないという気持ちになっています

私と父との「その日」までの心の旅
その旅に出ることで いつか来る「その日」を私はしっかり受け止められる娘になっていたいと思います
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by 4wanbesufuai | 2011-01-08 09:34 | 心の旅

お正月あれこれ

年末30日から弟と甥っ子 諒君(春から社会人になって大阪へ行ってしまいます)も一緒に実家で過ごした びまま家
あんなに退院したら 退院したらと言っていたのに いざ退院してみると ドップリお疲れモードの父・・・。
30日の朝から降り出した雨と強風で 墓参りも買い出しも母と私とごぉちゃんで済ませ
それでも 「絶対 魚市には行く」と きっと気力それだけだったと思います
魚が好きな弟、ごぉちゃん そして何より孫の諒君に食べさせたい一心で 一緒に行くという母に「ちぃちゃんと ごぉちゃんと行く」(母が一緒だと値段でビックリするからねプププ)3人で雪に変わった中 魚市へ。
そこは父が毎週行ってた場所 そこで魚を買っては我が家の玄関に置いて帰ってくれていました
声をかけることもなく ただ黙って魚を置いて行ってくれていた父に 時に
「こんなん いっぱい食べんやん 2人しかおらんのに」と毒づいた事もある親不孝もんです(T-T)
久しぶりに父の姿を見た魚市の人たちは 闘病していたことも知っていて
「よぉ来た よぉ来た」と椅子を出しては父の話に耳を貸してくれました
父は クエ(こちらではアラとも言う とっても高いお祝いのときに食べるお魚)を1本とカニにサザエと満足そうに決めて すぐに車の中で待ってるからと座り込んでしまっていました
やっぱり しんどいんだね クエをさばいてもらって
刺身やカルパッチョ アラ炊きにして綺麗に食べましたよぉ コリコリシコシコで美味しかったです

元旦の朝は見事に雪景色で 朝からビースニフニアイと裏の公園で雪遊び
そして 家族みんなで父を囲んで お屠蘇を飲みましたが 父は寝室から出れずベットの上でした
「いっぱい看病してくれたから」と 私にもお年玉をくれて(弟にはなかったプププ)
みんなに父から言葉がありました

「今年 きっと厳しいことになると思う(体が) もしもの時は お母さんをみんなで面倒見ること それだけをお願いする」

母も 私も ごぉちゃんも 弟も 諒君も 「そんなことないよぉ まだまだ大丈夫」とは・・・言えませんでした みんな覚悟をもって そして父が安心出来るように
「任せとって お母さんのことは 心配せんでいいからね」 そう言いました

結局父は チゲ鍋もスッポンも御節料理もベッドの上でした
ほとんど みんながいるリビングに出てこず 体調が悪いわけではないけど部屋から あまり出たがりませんでした

私が思うには
実家はバリアフリーではないので もし お腹いっぱい食べて具合が悪くなったらみんなに迷惑をかけるんではないかとか お風呂に入れてもらうのも大変じゃないんだろうかと すごく気を使っていたんだと思います

2日に帰る予定だった弟は まだ通行止めが解除にならず3日午前中に帰って行きました
諒君は1人 博多ショッピングに電車で出掛け そのまま新幹線で帰りました

そして父も昨日 病院へと戻りました

新しいこの1年
我が家にとっては 2月の父の誕生日まで・・・3月の菜の花が満開になるまで・・・4月 父が植えた しだれ桜が咲くまで・・・ 6月ビートの15歳の誕生日まで・・・そんな風に
1歩ずつ時間の流れを繋げてゆく1年になりそうです

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by 4wanbesufuai | 2011-01-06 13:21 | つぶやき